一日・猫
猫が前足の肉球で私の顔をとんとんとたたく。時計を見ると3時55分。まだ5分あると寝返りをうつと猫は今度は爪をすこしたてて、とんとんと顔をたたく。私は猫しか愛さないからすぐに起きて、下へ降りて新しいエサを入れ、2階へ戻ってテラスにスダレを巡らせて作った猫のガーデンへ出る窓を細く開けてやる。猫はエサをちょっとなめてから飛んできてガーデンに出る。ガーデンには私の育てた猫の好きな細長い緑の草が、さまざま鉢植えにして置いてある。猫はその草を尖った歯でむしゃむしゃ食べる。私は布団にもどりもう一寝入りする。起きる時間に目が覚めると私の裾で猫がぐっすりねている。昨年の冬に生まれて一歳になった冬からの猫の毎朝4時の顔叩きが、猫が決めて習慣になった。猫がかわいい。夏至も過ぎたころで4時の朝は明けている。庭では溝萩の丈が伸びきって日増しに赤紫が濃くなって蜂や蝶が飛んでいる。溝萩は先祖の墓にお盆にお参りすると咲いていて、墓の中に小さな丸い石があってその辺りを囲っている。その石は私の姉の墓だといつも祖母が話した。私は庭の溝萩をとても大切にしている。溝萩が咲くと会ったことのない姉のことを思い出す。
春に種を蒔いた百日草は芽の出るたびにその辺をはい回るナメクジ、カタツムリ、ダンゴムシが食べてしまったが、何度も種を蒔き直して今は二尺ぐらいの高さになって、3日前から一斉に咲き始めた。真っ赤と、赤と、白と、黄色と、ももいろ。すっくと茎を伸ばしながら、曲がったりしてもこの花はこれから秋まで咲き続けるはずである。うれしい。花束にして幸子さんに持っていこう。幸子さんと私は私が花を手渡すとき、二人で花が咲くときのその気持ちがわかってしまう友人である。百日草を届けたら幸子さんは玄関の瓶にさした藪茗荷の実のついた枝を手にとって、「ほら」というだろう。私たちは一年経っても変わらない去年の藪茗荷の群青色の実にまた感激してしまうだろう。
枝豆を茹でてお昼の御飯にする。温かい御飯を二重にして、間に鰹節と海苔にお醤油をかけたのを挟んで、上に、枝豆を炒めて、少し甘辛くした卵をといてまぜ、ふんわりとした炒りたまごをこしらえてのせる。それでは少しさびしいから、お刺身のホタテなどを四つ切りにして、少しお醤油をまぶしたものをのせて、夏の枝豆御飯。タマネギとジャガイモをやわらかく煮て裏ごしにして、ホワイトソースのクリームスープにする。なすびをうすくきざみ、塩もみにして洗ったものを固く絞り、庭に茗荷があれば千切りにして混ぜて、花がつおとお醤油をかけて香の物にする。私たちは二人で黙ってお昼の御飯を食べる。楽しく笑ったりするとたいていむせ込んだりするからである。
庭に猫じゃらしは毎年こぼれ種で生えてくるので芽が出たばかりのうちに抜いてしまわないように気をつけるけど、その年によって猫じゃらしも気ままな数で庭に広がる。
大きな穂が少しだけ出てきた。今日も猫と遊ぶ。猫のためにある草か、猫に猫じゃらしを教えてこの名を付けたのはだれだろう。ほんとうに猫はねこじゃらしが好きである。猫を遊ばせているのか私が遊んでもらっているのか解らないほど戯れて、大抵猫の方がぷいと止めてしまって、私もほっとする。一日が終わるころ、思い出してはまた猫がいじっている猫じゃらしの種が床いっぱいにちらばっている。
by manto-usagi
| 2016-07-18 11:14

