父も母もその姉妹もすでにもう亡い。父の姉は山林のある農家にいて、私の母はその義姉と終生仲がよかった。
どんぐりのなる柏の木々が芽吹いて、葉が手のひらほどの大きさになる頃五月のお節句がくる。
父の姉、母の義姉、私のその伯母は、毎年その季節がくると、畑のものなど数々とりそろえた中に、林で摘んだ柏の葉を入れて送ってくれる。少し湿らせて何枚も重ねた葉が荷ほどきをすると良い香りを放った。母は愛おしそうに手の中で匂いを嗅ぎながら「これが本当の柏餅の柏」といって、子供達は母の作った柏餅を食べた。
私の子供が生まれ、小さな庭のある新しい家に越した時、母はどんぐりの実を割って出ている柏の小さな苗木を伯母から送ってもらい、それを私の庭の隅に植えてくれた。
それからおよそ五十年近くになる。育った柏の木が、両手の指をつなぎきれないほどの太さになって毎年どんぐりの実を降らせている。
いつ頃までのことだったか、私は小豆を煮て、晒しの布でこし粉袋を縫って甘いこし餡を作り、米の粉、上新粉をねって蒸し器で蒸して柏餅を作って皆に食べさせた。テーブルに着く前だれもが笑って、私の差し出す、食べるものならなんでもいいという食欲を皆がもっていた時代が長く続いて、私はいつも台所にいた。いつの間にか皆うちを出ていって、私たちは二人である。
夏野菜が出盛る頃だ。にんにく、玉ねぎ、鶏の骨付手羽もとを、オリーブ油で炒め、茄子、トマト、ズッキーニ、パプリカ、セロリの葉っぱ、ローリエ、なんでも入れて煮込み、塩コショウ、ほんの少しの砂糖で味を調える。ラタトゥイユのつもり。最近うちの近くに開店したパン屋 シノハラの、焼きたてフランスパンを買ってきてお昼にする。私たちは黙って食べる。時間をかけて煮込んだけれど、このラタトゥイユには何かが足りない。フランスパンはかたいと彼がいう。
突然私は、愛おしいってなんだろうと思う。私は今まで家族を愛おしいと思ったことがあっただろうかと考える。私は繁殖し、ただ食べるためだけに生まれてきたのではないかと思いながら、スープを
すすっている。
秋がきて、紅葉の木々が皆散り落ちてしまう頃になっても、柏の葉は散らないままで次第に樺色に変わる。葉に夕日が射すとき、一瞬赤く輝くのを見せながら冬になる。木枯らしが吹き荒れる頃、どんぐりもみな落ちて柏は裸木になる。毎年散り落ちた葉っぱには、どれにも無数に大小の丸い穴が空いている。虫にとっては大きな仕事のように見えるけれど私はその虫を見たことがない。

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by manto-usagi
| 2016-10-03 09:59





